相続トラブル防止のための遺言の有用性はよくいわれているところですが、まだまだ十分活用されているとはいえません。遺言を書きたいからという理由で弁護士に相談に来るのはまだまだ少数派で、多くの人は、被相続人が死亡して相続が発生した後にはじめて弁護士に相談します。結果として、弁護士の立場からみれば、遺言さえ作っておけば済む問題も、被相続人が死亡した後ではどうにもならない、という事案をよく目にします。
典型例の一つは、内縁の妻です。事情により籍は入れていないけれど、何十年もの間夫婦として生活してきた実態があるという場合でも、法律上は相続人として認められません。例えば、内縁の夫名義の家に何十年も暮らしてきたという場合、内縁の夫が死亡し、内縁の夫に子供がいるような場合には、子供に相続権が発生することになります。自宅不動産を取得した相続人から、内縁の妻に対して明渡請求がなされた場合、裁判上は棄却される可能性が高いですが(最判昭和39年10月13日は権利濫用として請求棄却)、裁判の結果は必ずしも保証されているものではありませんし、結果はともかく相続人である子供との交渉や訴訟手続きそれ自体が非常に煩わしくもあります。また、明渡し請求が認められないとしても、内縁の妻が自らの財産として取得できるわけではありませんので、安心して居住し続けるための権利としては非常に不安定なものであるといわざるをえません。
このようなトラブルは、内縁の夫が、自分が内縁の妻よりも早く死亡することを見越して、自宅不動産を内縁の妻に遺贈する遺言を作成しておけば、容易に防止しうるトラブルです。
もう一つの例は、戸籍上は外国人女性と婚姻としながらも、実際には一緒に暮らしていないという場合です。この場合、夫である日本人男性に前妻との間の子供がいるとすると、この日本人男性が死亡した場合に、子供と外国人配偶者が共同相続人となります。法の適用に関する通則法36条によれば、「相続は、被相続人の本国法による」とされていますから、抽象的な理屈だけを考えれば、日本人同士の共同相続人の場合と同様に相続手続きを進めるということになるのですが、外国人配偶者が関係してくることで、具体的な手続きレベルで様々な難点が生じてくることになります。そもそも連絡がつけられるか、日本語が堪能に話せるか、文化差から来る考え方の違い、印鑑証明書に代わるサイン証明の取得手続、レアケースであることから生じる各金融機関や法務局との折衝の難しさ、など相続手続きを困難にする事情が数多くあります。
このような場合も、きちんとした遺言さえあれば、スムーズな相続手続きが可能になりますし、相続人間の不要なトラブルも防止できるものです。
トラブルが発生した後に交渉や訴訟を遂行することと比較すると、遺言作成はごく簡単な手続きですので、面倒がらずに残された家族のトラブル防止のためにきちんとした遺言を作成しておくべきでしょう。